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狂言《末広かり》あらすじと解説

末広かり

今回は「お殿さまが見た狂言」で上演される狂言の一つ目の演目《末広かり》について、ご紹介します。

《末広かり》と表記しますが、「すえひろり」と「か」は濁って発音します。三田藩での上演記録では「末廣狩」と「かり」が当て字で書かれていました。

あらすじはこんな感じです。

ある果報者(お金持ち)が、目上の人に「末広がり」を贈るため、家来の太郎冠者に命じて、都へ買いに行かせます。

初めて都に行くことに浮かれた太郎冠者は、都についてから初めて、「末広がり」とは一体何なのか、どこに売っているのかを聞かなかったことに気づいて困ってしまいます。

すると、物売りが声を張り上げて売って回る姿が目に入ったので、自分もそれを真似て「末広がりを買おう」と叫んで歩き回ります。

そこに都人が現れて「末広がり」を売ってくれるのですが…。

狂言はまだ続きますが、あらすじはここまで。喜劇ですので、結末、落語でいうところの「オチ」の部分までは敢えて書かないことにします。

ただ先に一つだけネタバレをしますと、太郎冠者は、都人に騙されて「末広がり」ではないものを買ってきてしまいます。

ご存じの方もいらっしゃると思いますが、「末広がり」とは「扇」の別名です。

果報者がつける「地紙が良くて、骨が磨かれていて、要(かなめ)もしっかりしており、戯れ絵(しゃれた絵)が書かれたもの」という注文も、扇だと知って聞けば、よく分かるのですが、これが見事に違うものの説明に使われてしまうのは、ポイントのひとつといえるでしょう。

この太郎冠者も決して間抜けな人物とは思えません。果報者が太郎冠者を日頃から評価していることがうかがえるセリフもあります。ただ、「末広がり」が何なのか知らなかっただけなのです。

そのことをよく表す「扇なら扇と、初めから仰せられたがようござる」というセリフもあり、果報者がもったい付けて「末広がり」としか言わなかったことが、そもそもの原因と考えると、まだ違った見え方があるなぁと感じます。

また、「末広がり」とは「先にゆくほど運が開ける様子」を意味する言葉であり、狂言の数多い演目の中でも、とてもめでたい祝言の代表曲として扱われています。

曲の最後には果報者と太郎冠者の主従がリズムの良い謡を囃しますが、これもとても晴れやかです。

200年前の三田藩において、御年90歳を迎えた八代藩主九鬼隆邑の長寿と、三田藩の行く末を寿ぐのに、ふさわしい演目だったのでしょうね。

この記事を書いた人

朝原広基

「能楽と郷土を知る会」会員。ネットを中心に「柏木ゆげひ」名義も使用。兵庫県三田市出身・在住。大学の部活動で能&狂言に出会ってから虜となる。能楽からの視点で、歴史の掘り起こしをライフワークにすべく活動中。詳細は[プロフィール]をご覧ください。

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