狂言《千鳥》あらすじと解説
前回に引き続き、「お殿さまが見た狂言」で上演されるもう一つの演目《千鳥・ちどり》を紹介します。まずはあらすじから。
しかし長く支払いをしていないので、酒屋はしぶって売ってくれません。太郎冠者は「当座の代わり(今回分の代金)は持ってきた」と言って、なんとか酒樽を出してもらいます。
早速その酒樽を持って帰ろうとする太郎冠者ですが、そうは酒屋が許しません。
酒屋が話好きなことを知っている太郎冠者は、こないだ行った尾張の津島祭の話をして、気を逸らそうとします。
太郎冠者と酒屋の必死のかけひきが始まります…!
今回も結末、落語でいうところの「オチ」の部分までは敢えて書きませんが、この狂言のメインは、最後の一行、太郎冠者と酒屋の必死のかけひきです。
とはいえ、この太郎冠者と酒屋は「合口」といわれます。合口は「相口」とも書かれますが、本来は「器物のふたと本体の合わせ目」のことで、「ぴったり合う」意味となりました。ここでは互いに気が合う間柄だという意味です。
ですから、かけひきといいながらも、頭脳バトル!というのではなくて、仲の良い二人が勝負をしているような、あたたかい雰囲気が全体を包んでいるのが、この狂言のポイントだと思っています。
なお、演目名となっている「千鳥」は、太郎冠者が祭りの内容を語る最初に出てくる謡に由来します。太郎冠者が祭りに向かう途中、浜辺で子どもたちが千鳥を伏せる(籠をかぶせて捕る)のが面白かったといって、それをやって見せるのです。
その時に謡うのが「浜千鳥の、友呼ぶ声は」「ちりちりや、ちりちり」という謡です。前半を酒屋、後半を太郎冠者と、一つの謡をわざわざ分けて謡うあたりの互いの親密さを演出しているように感じて、好きな部分です。
そのあと、祭りの話は山鉾を引く様子、流鏑馬(やぶさめ)の様子と続いていきますが、ここについてはまたの機会に。
ただ写真も、ましてや映像もなかった時代、祭りの様子は参加した人にしか分からないだけに、こうして祭りの様子を話して伝えるというのも、需要のある「芸」だったのかな…とそんなことを感じる狂言です。
武家といえば厳めしく、笑いと縁遠いようにも感じますが、三田藩のお祝いの儀式で、こういう狂言が演じられていたと思うと、江戸時代の武家に対するイメージもまた変わってくるなぁ、と思いませんでしょうか。