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「高安能」、能楽と地域の関わりへの期待

高安能チラシ

平成29年(2017年)2月25日、大阪府八尾市の八尾市文化会館プリズムホールで催された「高安能」に行ってきました。

主催は「高安能未来継承事業推進協議会」。現在は八尾市東部の地名である「高安」ゆかりの能を普及・啓発をするために結成された市民団体「高安ルーツの能実行委員会」が核となり、そこに大阪経済法科大学・高安ライオンズクラブ・八尾市役所などが参加して構成された団体です。

高安と能といえば、まず思い浮かぶのが、現在もワキ方・大鼓方に存在する高安流。高安流の歴史は明らかでない部分も多いですが、その祖は、「高安大明神」ともに呼ばれた玉祖(たまおや)神社[1]大阪府八尾市神立5丁目5-93。八尾市観光データベースの社人だったともいわれています。

次に思い付くのは能《弱法師》のワキが「高安の左衛門尉通俊」で、その子であるシテ俊徳丸とともに高安の出身であるとされていることです。

四天王寺から高安を通り龍田へ至る街道は、《弱法師》の伝承から、俊徳丸が高安から四天王寺に通った道とされていて、「俊徳街道」などと呼ばれています。「俊徳道」という名前の鉄道駅が近鉄とJRに存在し、今も生きている伝承といえるかと思います。

このような高安という土地が持つ歴史や伝承を、能楽と結び付けて、八尾で薪能が初めて開催されたのが平成20年(2008年)のこと。

その後も薪能が継続的に行われ、また講座やシンポジウム、子ども向けのワークショップなどが開催されてきました。

これを支えてきたのが「高安ルーツの能実行委員会」に参加する八尾市の能楽愛好家たちです。これらの活動の10年目の集大成として今年、その名も《高安》という能の300年ぶりの復曲上演が行われました。

復曲能《高安》

能《高安》は、《井筒》と同じく『伊勢物語』二十三段を元とした能です。主人公(シテ)は、在原業平が龍田山を越えて通った「高安の女」。その女性が業平が通った昔を思い返しながら舞う懐旧の舞がテーマでした。《井筒》の陰の部分を描いたようなものとなっています。

能《高安》では、『伊勢物語』本文には見えない「笛吹の松」という名所が舞台の展開の上で重要な役割を果たします。業平は、この松の下で笛を吹くことで、高安の女へ訪れたことを知らせていたといわれ、中世に増補された『伊勢物語』世界の厚みを垣間見せるものと言って良いでしょう。

最初に、笛吹松を表す松角台の作り物が、能舞台の角柱にあたる位置に据えられ、ワキとシテの会話はこの松の名所教えから始まりました。

中でも良かったのは、後場の舞の前、「すは笛の音の聞こゆるは」という謡の箇所での演出でした。謡や大小鼓が一時停まった中に、笛一管だけがホール全体に響き渡ったのです。高安の女には、笛吹松に吹き付ける風が、業平の訪れのしるしの笛に聞こえたことを印象付けるもので、「業平の来訪がなくなった後も、いつまでも業平が訪れを待つ」という、高安の女像が感じられました。

高安能当日には、能《高安》の復曲上演のほかに、対をなす《井筒》とゆかりの《弱法師》の仕舞が舞われ、さらにワキ方高安流では一子相伝とされる能《羅生門》の上演も行われました。

地域と能楽の関わり

私は、各地域の歴史上にみえる能楽に、強く興味を感じています。このサイト「能楽と郷土を知る会」もまた同じです。

能楽愛好家の人口減少が叫ばれて久しい現代において、各地域の記録や記憶を掘り起こすことは、新たな能楽ファンの開拓と、地域の文化意識の醸成の両方に大きな意義があると感じているのです。

近年、《高安》のほかにも《田道間守》[2]監修:林喜右衛門、演出:梅若玄祥、制作:「田道間守」製作委員会、脚本:田茂井廣道、初演:平成26年(2014)3月1日、会場:豊岡市民プラザ「ほっとステージ」、シテ:観世喜正(兵庫県豊岡市)、《福山》[3]原作:森和子、製作・構成:喜多流大島能楽堂、初演:平成28年(2016)7月16日、会場:ふくやま芸術文化ホール(リーデンローズ)大ホール、シテ:大島政允・大島輝久(広島県福山市)、《吉備津宮》[4]主催:岡山能楽研究会、協力:林能楽会・松岡心平、復曲初演:平成29年(2017)5月13日(予定)、会場:後楽園能舞台、シテ:林宗一郎 (岡山県岡山市)など、地域をテーマとした復曲能・新作能上演の動きが目立つことも偶然ではないと考えています。

大阪府八尾市の「高安」は、(1)能楽の流儀名であり、(2)ゆかりのある現行曲が存在して、さらに(3)そのままの名前の能があったという3つの意味で、地域と能楽を組み合わせるには、大変恵まれた場だったと言えるかと思います。

今回、《高安》が復曲上演されたことで、ひとつの区切りがついた形ではありますが、今後も活動は継続されていくと聞いています。高安での取り組みが、地域と能楽を結び付けたモデルケースになれば、と願ってやみません。

当日番組

解説
 西野春雄(法政大学名誉教授・元野上記念法政大学能楽研究所所長)
 今泉隆裕(桐蔭横浜大学准教授)
 橋場夕佳(海星高等学校非常勤講師・名古屋能楽堂事業検討委員)

復曲能《高安》山階彌右衛門・原大・野村太一郎・貞光訓義・大倉源次郎・安福光雄

狂言《佛師》善竹隆平・善竹隆司

仕舞《井筒》観世芳伸
仕舞《弱法師》観世喜之

能《羅生門》観世喜正・原大・善竹隆平・貞光智宣・荒木建作・高野彰・中田弘美
(《羅生門》配役はチラシと異なりますが、ワキは高安勝久→原大、笛・貞光義明→貞光智宣にそれぞれ代役となりました)

高安能チラシ裏面

脚注

脚注
^1大阪府八尾市神立5丁目5-93。八尾市観光データベース
^2監修:林喜右衛門、演出:梅若玄祥、制作:「田道間守」製作委員会、脚本:田茂井廣道、初演:平成26年(2014)3月1日、会場:豊岡市民プラザ「ほっとステージ」、シテ:観世喜正
^3原作:森和子、製作・構成:喜多流大島能楽堂、初演:平成28年(2016)7月16日、会場:ふくやま芸術文化ホール(リーデンローズ)大ホール、シテ:大島政允・大島輝久
^4主催:岡山能楽研究会、協力:林能楽会・松岡心平、復曲初演:平成29年(2017)5月13日(予定)、会場:後楽園能舞台、シテ:林宗一郎
この記事を書いた人

朝原広基

「能楽と郷土を知る会」代表。ネットを中心に「柏木ゆげひ」名義も使用。兵庫県三田市出身・在住。大学の部活動で能&狂言に出会ってから虜となる。能楽からの視点で、歴史の掘り起こしをライフワークにすべく活動中。詳細は[プロフィール]をご覧ください。

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