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復元能《綱》初演レポート

令和に蘇る能《綱》

少し前の話となりますが、6月18日(金)に大阪の山中能舞台にて、復元初演された能《綱》について、主催の「高安能未来継承事業推進協議会」様の後援会だよりに、報告レポートを書かせていただきました。

地域ゆかりの能楽の実例でもあり、地域と能楽の関わり合いについて、私なりに願っていることなどを込めて書きましたので、高安能未来継承事業推進協議会様のご許可をいただいた上で、こちらのサイトにも転載させていただきます。

レポート本文

令和3年6月18日(金)、大阪市阿倍野区の山中能舞台で、能《綱》の復元初演が行われました。この能の主人公・渡辺綱は能《羅生門》など鬼退治伝説で知られる平安時代の武将です。『平家物語』剣巻や『太平記』に記されている、綱が切り落とした鬼の腕を、伯母に化けた鬼に取り戻される話を能に仕立てたのが《綱》です。

大阪府八尾市高安地区に、その鬼の手を埋めた「手塚」とされる古墳が存在する縁から、「高安ルーツの能」を探る活動の一環として上演されました。平成29年に復曲初演された《高安》に続く、高安ゆかりの能の復活第2弾です。

現在上演されていない能の復活上演がなされる場合、通常は、残っている謡本(台本)の本文を土台とし、節(謡い方)や型(演技)・囃子(楽器の演奏)、それらを総合した演出が作り上げられる、という経緯をたどります。先に名前を挙げた《高安》もまた、このような経緯をたどって制作され、上演されました。こうした作業の流れを「復曲」と呼びます。

しかし《綱》においては、この名前の能が過去に存在した証拠はあるものの、残念ながら現在、謡本が見つかっていません。ただ、どのような装束を着るのかを記した『舞芸六輪之次第』という書物から、シテ(主役)は最初、姥(老女)の姿で登場し、後半は鬼の姿に変化すること、それとは別に渡辺綱の役も存在することが分かります。

これらの情報から、能《綱》が、渡辺綱と、伯母に化けた鬼の話であることはまず間違いないでしょう。未発見の本文は、西野春雄先生が長唄《綱館》や歌舞伎舞踊《茨木》など「渡辺綱の芸能の系譜」を想定された上で、それらを参照しつつ、新たに書き下ろされました。能を元にした歌舞伎の演目はいくつかありますが、逆転させて歌舞伎から能を復元する手法を用いたことが、今回の《綱》で、「復曲」ではなく「復元」という言葉を使用する理由です。

それだけに今回の《綱》復元は、唯一無二の正解とは言えないでしょう。もし他の人の手にかかった場合は、また大きく異なる形での《綱》復元の形も十分あり得ます。

しかし、地域ゆかりの能楽を、古典文学や能楽以外の鬼の芸を生かして作り上げるこの「復元」は、詞章作者の作家性が主体となる新作能ともまた異なる、古典性・歴史性と現代性を併せ持つ、新たなモデルの提示ではないかと思うのです。

この能のポイントはいくつかありますが、第一に伯母と綱の酒宴の場。互いに酒を飲み交わし、伯母が山廻りの歌舞を披露することで、「建前としての精神的距離の接近」と「鬼の本性を暗示」が重ね合わされた、能らしい二重の表現です。またその次の、腕を奪い、鬼の本性を表す場面では、能《羅生門》で使用される「鬼の手」の手袋を、大きく体を一回転させる間に左腕に装着することで、能《舎利》を踏まえつつ、少々ケレン味の効いた、それでも能の表現の範囲内ギリギリ内での面白い演技となっています。鬼が腕を取り戻すまでは、全く左手を使わずに演技をするのも、実は能では先例のない表現の一つです。

この作品の現時点の評価を私が下すのは僭越ですが、稽古の中で、複数の出演者から「面白い」「演じてみたい」という感想を何度もお聞きしたことが、その魅力と価値を雄弁に物語っているかと思います。

能楽が現代に生きる芸能として続く上で、その古典としての価値を示しつつも、地域と関連させ、現代人の感性に合う入り口を作ることは必要不可欠でしょう。《綱》はそのための有力な手段となりえる演目だと思います。今後も再演が続けられ、より練り上げられてゆく様子を拝見できることを楽しみにしています。

令和3年6月 朝原広基

参考:公演詳細

令和に蘇る能《綱》
6月18日(金)18時半~。山中能舞台(大阪市阿倍野区阪南町6丁目5-8) 

解説 西野春雄(法政大学名誉教授)
観世流仕舞《大江山》塩谷惠
観世流仕舞《土蜘蛛》山階彌右衛門・生一知哉
復元能《綱》
 シテ(姥/茨木童子):山中雅志
 ワキ(渡辺綱):原大
 ワキツレ(綱の従者):原陸
 アイ(安倍晴明の従者):善竹隆平

 笛:貞光訓義
 小鼓:荒木建作
 大鼓:安福光雄
 太鼓:中田弘美

 後見:山階彌右衛門・生一知哉・山中迓晶
 地謡:武田文志・武田宗典・林本大・武田祥照・山田薫・藤井丈雄

アフタートーク 西野春雄・福田祐美子(八尾市立しおんじやま古墳学習館学芸員)・朝原広基(能楽と郷土を知る会)

主催 高安能未来継承事業推進協議会
協力 なにわ文化芸術芸能推進協議会(愛称:カエパス)

令和に蘇る能《綱》

この記事を書いた人

朝原広基

「能楽と郷土を知る会」会員。ネットを中心に「柏木ゆげひ」名義も使用。兵庫県三田市出身・在住。大学の部活動で能&狂言に出会ってから虜となる。能楽からの視点で、歴史の掘り起こしをライフワークにすべく活動中。詳細は[プロフィール]をご覧ください。

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